東京地方裁判所 昭和26年(ワ)5014号 判決
原告 株式会社那須アルミニユーム製造所
被告 梅沢正三 外一名
一、主 文
被告梅沢正三は東京都葛飾区下小松町六百六番地柳風荘の第十八号室(三・七五坪)を被告梅沢十四夫は同家屋の管理室(一坪)をそれぞれ原告に対して明渡をせよ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
被告等がそれぞれ金五千円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。
二、事実及び理由
第一、申立
原告訴訟代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。
第二、当事者間に争のない事実
主文第一項に掲げた家屋柳風荘は原告の社宅で、原告の従業員の居住の用に供している。被告両名はもと原告の従業員でそれぞれ主文第一項に掲げた室を住宅として使用していた。ところが、被告両名は昭和二十五年十一月六日退職し、原告の従業員である身分を失つた。
第三、争点
原告訴訟代理人は次の通り述べた。
(一) 原告と被告等との間の社宅使用契約は、民法上の賃貸借契約に類似する一種特別の契約で、社宅は原告の従業員に限つて使用することができ、使用者が従業員の身分を失つた場合には、その使用契約を終了させる合意がある。即ちこの契約は従業員の身分の喪失を解除条件とする使用契約である。原告が昭和二十年七月一日から実施した「寮管理に関する規定」には、従業員の資格を失つたときは退寮させる旨の規定が存している。
借家法は営利的目的で通常締結され、一時使用の目的でない建物の賃貸借契約に関して適用されるもので、本件社宅使用契約の如く、身分関係の存在を前提とし、且つ営利を目的としないものには適用されない。
従つて、被告等はそれぞれその居住している室を原告に明渡す義務がある。
(二) 仮に本件社宅使用契約に借家法の適用があるとしても、原告は昭和二十六年二月二十八日被告等に対し書面で社宅使用契約解約の申入をし、その書面は同年三月一日被告等に到達した。
本件のように建物所有者が一の企業体であつて、その従業員の身分をもつている者に対しその住宅用として社宅を使用させていたが、後にその使用者が従業員の身分を失つた後も他に移転せず、そのため企業運営上必要とする従業員に住宅を提供することができないでいるような場合には、解約申入について正当の事由がある。従つて三月一日から六月を経過したときに解約の効果が発生し、被告等には明渡の義務がある。
原告の社宅に石川直衛、大阿久吟作、松浦隆の妻子が居住していることは認めるが、石川直衛は既に他に移転し、大阿久吟作、松浦隆の妻子も本年春には他に移転することになつている。
被告等訴訟代理人は次の通り述べた。
(一) 被告等は本件室の使用料として一畳当り一月金五円の割合で毎月賃料を支払つており、その他に瓦斯、電燈、水道料等も支払つているから、本件室の使用契約は賃貸借契約であつて、原告の主張するような趣旨の契約ではない。被告等が退職した場合には当然賃貸借契約が消滅するような約束をしたこともないし、「寮管理に関する規定」が存在することも知らない。
(二) 原告から被告等に対して原告の主張するような解約の申入があつたことは認めるが、原告の社宅には本件柳風荘のほかに清和荘、若草寮があり、これらの社宅には退職した従業員石川直衛、大阿久吟作、松浦隆の妻子のほかに鈴木実、田中栄太郎の妻子等が居住しており、従業員以外の者の居住を認めてもなお余裕がある。これに反して、被告等は立退先がなく、殊に被告正三は妻子四人を抱えていて明渡をすることは困難である。従つて、原告の解約申入は、正当の事由がないからその効力を生じないものである。
第四、証拠<省略>
第五、判断
証人長谷川正吾の証言(第一、二回)及び被告本人梅沢正三の供述によれば、柳風荘及びその他の原告の社宅に居住しているのは原告の従業員か又は従業員であつた者でそれ以外の者は居住していないこと、退職者で原告の社宅に居住しているのは被告両名のほか大阿久吟作、松浦隆の妻子であつて、同人等は近く他に移転することを約していること、石川直衛も退職後居住していたが、昭和二十七年一月末に他に移転したことが認められる。また、長谷川証人の証言によつて原本の存在及び成立を認めることのできる甲第三号証によれば、原告は昭和二十年七月一日から社宅について「寮管理に関する規定」を定めて実施しており、その第十一条には居住者が従業員の資格を失つたときは退寮させる旨の規定がある。
次に甲第三号証によれば、寮の室料は一月畳一枚につき金一円と定められ、そのほかに電燈及び瓦斯の料金は消費者が負担することになつており、被告本人梅沢正三の供述によれば、室料はその後畳一枚につき金三円に値上げされ、現在では金五円であることが明かである。
以上認定の事実よりすれば、本件社宅は原告がその事業の円滑な運営に資する目的でその従業員及びその家族に限つて市価よりも遥かに低廉な使用料を徴して使用させているもので、その使用契約は従業員の身分を失うことを解除条件としているものと認めるのが相当である。
被告等は本件室を使用するに当つて退職の際には当然賃貸借契約が消滅するような約束をしたことがないと主張するけれども、被告等が本件社宅の使用の目的が前に認定した通りのものであることを知つていたことは、被告本人梅沢正三の供述によつても推認することができるから、本件室を使用するに当つては、従業員の身分を失うことを解除条件とする暗黙の合意が成立していたものと認めるのが相当である。被告等が前記「寮管理に関する規定」のあることを知つていたかどうかということは、以上の認定を何等左右するものではない。
そこで本件社宅の使用契約について借家法の適用があるかどうかを考えて見ると、借家法は建物の使用貸借には適用がないのであつて、建物の賃貸借のみがその保護の対象となつている。このことを突き進めて考えると、借家法は一定の使用料を支払つてこれを対価として家屋を使用している者の権利を保護するもので、その使用料が家屋の使用と対価関係に立たないような使用者には適用がないと解釈するのが妥当である。本件社宅の使用契約は雇傭関係の存在を前提としているものであり、その使用料も市価に比べて遥かに低廉でいわば名義的なものに過ぎないのであるから、借家法の適用はないものといわなければならない。従つて、借家法の適用を前提とする被告等の主張は採用するわけにはいかない。
以上の理由により、被告両名が昭和二十五年十一月六日退職すると同時に、本件社宅の使用契約は解除となつたものである。しかしながら、現下の住宅事情からすれば、解除と同時に明渡の義務が発生すると解することは、居住者に難きを強いるものであるといわなければならない。それ故、社宅使用契約の特殊性から見て、本件室の明渡の義務は解除後相当の期間経過した後に発生するものと解するのが相当である。
証人長谷川正吾の証言(第一回)によつて原本の存在及び成立を認めることのできる甲第四号証によれば、前記「寮管理に関する規定」を改正して昭和二十六年五月十九日に原告が制定実施した「寮管理規定」には、借用者は原告と雇傭関係がなくなつたときは三十日以内に立退かなければならないとの規定があるけれども、この期間は短きに失する。
それではどれだけの期間をもつて相当の期間とするかは、難しい問題であるけれども、本件社宅使用契約と性質の類似している国家公務員の国設宿舎について、「国家公務員のための国設宿舎に関する法律」は、その第十九条に公邸及び無料宿舎にあつては六十日、有料宿舎にあつては六月を限度と定めており、これが一定の基準となるであろう。
本件においては、被告等が退職したのは昭和二十五年十一月六日であり、今日までに既に一年五月を経過しているから、相当の期間を経過したものであるということができ、従つて被告等は原告に対して本件室をそれぞれ明渡す義務があるものといわなければならない。
よつて原告の本訴請求は正当であるから認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を、仮執行及びその免脱の宣言について同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 古関敏正)